平成を振り返る ノンフィクションライター・小野一光「凶悪事件」の現場から 第27回記事前編はこちら2007年12月14日、長崎県佐世保市のスポーツクラブで散弾銃を発砲し、プールで小中学生を指導していたインストラクターの平田愛さん(仮名、死亡時26)と、犯行を制止しようとした山本雅治さん(仮名、死亡時36)を殺害した、同市の無職・馬込政義(死亡時37)。馬込が平田さんに対して一方的に恋愛感情を募らせるも、叶わなかったことから実行されたと見られるこの事件は、現場から逃走した彼が、約4㎞離れたカトリック教会の敷地内でみずからの首付近を散弾銃で撃ち、自殺を遂げるという結末を迎えた。県警担当記者は説明する。「馬込が自殺したのは15日の午前5時44分ですが、彼はスポーツクラブでの発砲直後の14日午後8時にはその教会に来ていたようで、車が停められていたとの目撃証言があります。ただ、それから自殺するまで彼がどこでなにをしていたかは不明のままです。自殺した馬込が着ていたベストのポケットには、180発の弾丸が入っていました。さらに教会の駐車場に残された車のなかには、事件に使用されなかった散弾銃2丁と空気銃1丁、それに2500発の弾丸があり、うち100発は殺傷能力の高いスラッグ弾でした」佐世保市内で生まれた馬込の両親は敬虔なキリスト教徒で、彼自身も生後間もなく洗礼を受けており、洗礼名は「ミカエル」だった。地元の工業高校に進んだ馬込は名古屋と東京で職を転々とするが、事件の約10年ほど前に地元へ戻り、実家で両親と暮らしていた。地元では水産会社や病院などで働いたこともあったが、長続きはせず、11月に勤め始めた会社もわずか10日間で退職していた。同社の関係者は言う。「うちで働いたのは11月12日から23日の午前中までです。面接のときに感じがよかったから採用したんですけど、口で言うほど仕事はできなかった。うちは土日が休みやなかけん、面接の時にそのことを説明したんですね。そしたら、『じゃあ金曜日に休んでいいですか?』と言ってました。それで11月23日の午前10時ごろに、『ちょっとお話があるんですけど』と現れて、『やっていけない』との理由で辞めています」馬込を幼少期から知る近隣住民Aさんは、長年にわたって彼の様子を目にしていた。「マサ(馬込)は高校を卒業してから、最初は名古屋のほうに行って、あとは東京とかにもいたんじゃないかな。マサのお父さんによれば、車のローンとかで、帰ってきたときに借金が300万円くらいあったそうです。あいつはとにかくワガママで、なんでも親にせびって買ってもらうんです。たとえば司法書士を目指すと言って、20万円分くらい参考書とか本を親に買ってもらったんですよ。でも勉強するどころか、本もほとんど開かない。あそこのお父さんは役所に長年勤めて、5年前(02年)に定年退職したんですけど、2800万円の退職金のほとんどを息子に使ったんじゃないでしょうか。お父さんが『バカ息子を持ったばかりにゆっくりできない』とこぼしてました。マサは長男で妹と弟がいます。それと両親の5人暮らし。あいつは仕事が続かないんです。今年(07年)9月ごろ、期間労働者として北九州かどっかに行ってたんですけど、それも1カ月で帰ってきた。それで親にせびって車を買ってるんだから。あと、ちょくちょく魚釣りに行っていて、魚釣りの道具を干してある横に迷彩服がかかってました」馬込は事件の数カ月前に300万円以上する大型SUV車や、約40万円の中古ボートを親のカネで購入している。Aさんは続ける。「マサはなかなか就職できないということで、被害妄想的になっていました。民生委員と私が就職の調査員に自分の悪口を言うから就職できないんだと、まわりに話していたそうです。それと4~5年前に、2回ほど夜中にうちに突然やってきたことがあったんですね。そのころから私は、マサのことをおかしいと思うようになりました。最初は夜の11時ごろにやってきて、玄関を開けたうちの家内になにやら話しかけてるんです。それで、奥から私が出て行って、『なにやってるんだ』と言って、帰したんですね。その時に『あんたらがどの部屋で寝てるかわかる』とか、『どこからでも(家に)入れるよ』という言葉を残していった。調子は柔らかいんですがキツイ内容で、家内はそれで怯えていました。で、それからそんなに経たないうちに、午前2時ごろ『トイレを貸してくれ』とやってきたんです。さすがにその時はマサの母親に電話をかけて迎えにきてもらいました。実際、そのころのマサは、道のふちに座って、口を開けてボーッと空を見てることがあったりしたんです。それが、明らかに危ない目つきやったんです。それでマサの母親に『マサは(精神的に)おかしいっちゃないと?』と聞いたところ、母親は精神科とは口にせず、病院に通院して薬を飲んでいるようなことを話していました」馬込の行動に異常を感じていたAさんは、近所の知り合いからとある話を耳にする。「同じころにマサが猟銃を持っとうという話を聞いたもんで、××町の交番に電話をして、『(馬込が)猟銃を持ってるって聞いたんだけど、精神的に問題を抱えた人に許可を出したのか?』と尋ねたんです。そうしたら警察官は『それについて答える筋合いじゃない』って言ったんですよ。だから私が『事故が起きたらあとの祭りだから私は言ってるんですよ』と抗議したら、その警察官は『いろいろ話す筋合いじゃない』と、まったく取り合いませんでした」馬込は02年夏に佐賀県鳥栖市の銃砲店で散弾銃を購入。それを含めて07年夏までに、計3丁の散弾銃と1丁の空気銃を購入している。また、当然ながら長崎県公安委員会から、銃の所持許可証を得ていた。Aさんは言う。「交番に電話したあとですけど、家の裏山に住んでいるおばあちゃんが、『マサが銃をむきだしのまま持って、上の道を歩いてた』と話しています。それで県警本部の知り合いに電話を入れたところ、『そういうことならば許可の取り消しをしますから』って言ってたんですよ。でも、結局はこういうことになってしまって……」馬込が起こした事件をきっかけに、銃規制強化を求める動きが社会に広がった。その結果、ストーカー行為や家庭内暴力などで警告や命令を受けた日から起算して3年を経過していない者や、自殺の恐れがある者などに対して、都道府県公安委員会は銃砲・刀剣類の所持を許可してはならないという、改正銃刀法が08年11月28日に成立し、09年1月5日に施行されることになったのである。取材・文1966年生まれ。福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーライターに。アフガン内戦や東日本大震災、さまざまな事件現場で取材を行う。主な著書に『新版 家族喰い 尼崎連続変死事件の真相』(文春文庫)、『全告白 後妻業の女: 「近畿連続青酸死事件」筧千佐子が語ったこと』(小学館)、『人殺しの論理 凶悪殺人犯へのインタビュー』 (幻冬舎新書)、『連続殺人犯』(文春文庫)ほかFRIDAYデジタルの本サイトに掲載されているすべての文章・画像の著作権は講談社に帰属します。© 2018 Kodansha Ltd. All rights reserved.
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